盛山正仁の経歴や評判!統一教会とはどんな関係だった?結婚した妻はどんな人?

岸田内閣改造で今年の令和5年9月に初入閣した盛山議員。自民党の調査では、盛山議員が教会関連の会合であいさつしていたことがわかっています。盛山議員は、記者会見で「今後関係を持たない」と回答していますが、過去に関係のあった議員が文部科学大臣に就任するというのはどうなのでしょう。この記事では盛山議員の学歴や経歴、旧統一教会との関連、また盛山議員の妻は一体誰なのか、そして家族構成について紹介させていただきます。

盛山正仁氏の経歴や評判!

盛山氏は大学卒業後、昭和52年4月に運輸省に入省しました。その後、環境省地球環境局総務課長や国土交通省総合政策局情報管理部長を務め、消費者行政課長の時は、駅にエレベーターやエスカレーターを設置する助成制度を創設しました。そこで「バリアフリー」が定着。これにより、平成18年6月15日にバリアフリー新法が成立しました。全てではないですが、今や当たり前のように公共の場はバリアフリーになっていますね。法律成立前の平成17年8月、盛山氏は、国土交通省総合政策局情報管理部長を最後に出馬の為、辞職されました。平成17年9月、第44回衆議院議員総選挙において初当選。その後も出馬を重ね、計5回当選されています。

【盛山正仁氏のプロフィール】

 

氏名:盛山正仁(もりやままさひと)

生年月日:1953年12月14日

出身:兵庫県西宮市

学歴:灘高校卒、東京大学法学部卒、神戸大学大学院修了

趣味:

党派:自民党

【選挙歴】

 

2005年:第44回衆議院議員総選挙⇒当選

2009年:第45回衆議院議員総選挙⇒落選

2012年:第46回衆議院議員総選挙⇒当選

2014年:第47回衆議院議員総選挙⇒落選⇒比例復活

2017年:第48回衆議院議員総選挙⇒当選

2021年:第49回衆議院議員総選挙⇒落選⇒比例復活

盛山正仁議員の学歴

盛山氏は、偏差値70を誇り、灘中学校に進学。トップの成績を持っていたそうです。

そして、灘高校を卒業して東大法学部に進学しています。

昭和47年 3月:私立灘高等学校卒業

昭和52年 3月:東京大学法学部卒業

そんな盛山議員の母校である灘中学校・灘高等学校の和田校長から、歴史の教科書の採択に関して「自民党からの圧力があった」という告白があり話題となりました。

内容はというと、平成27年末、ある会合に出席したところ、慰安婦の記述のある「学び舎」の歴史教科書「ともに学ぶ人間の歴史」について自民党一県会議員から和田校長に「なぜその教科書を採用したのか」と詰問されたのだそうです。

さらに年明け、盛山議員から直接学校に電話があり、始めに「政府筋からの問い合わせなのだが」と言い、校長に同様の質問がされたそうです。

翌月には匿名で「どこの国の教科書か」と書かれた葉書や、OBを名乗り「母校には今後寄付しない」など、誹謗の絵葉書が総枚数2000枚ほど届いた、と校長はいいます。

直接の問い合わせが盛山議員からあった事から、匿名は本人筋が行なったことではないかと疑われ、校長としては、「圧力があった」という見解でいます。

盛山正仁氏の評判

ネットの反応はこうです。

 

盛山正仁議員は統一教会とはどんな関係だった?

文科省は2023年10月13日、旧統一教会への解散命令を東京地裁に請求しました。2022年、自民党議員と旧統一教会との接点が公表されました。神戸市内で、議員本人のあいさつの名簿に盛山議員の名前が記載されています。盛山議員の事務所によると関連団体の会合であいさつしたといいます。その前におこなわれた神戸新聞のアンケートには「接点はなし」と回答。盛山議員の事務所は「教団関係とは知らなかった」と言っています。旧統一教会に詳しいジャーナリストの鈴木エイト氏によると「盛山氏は教団と接点があった。国民が疑問を抱くのは当然。今後調査を行った上で国民に説明する責任がある。文科相としての職責を果たすことが重要」と言っています。

誰もが知っている霊感商法で問題となっていた宗教団体なのに、なぜ自民党議員が関わるのか、理解できません。

日ごろからもっと、世間で問題となっていることに目を向けていれば、こんなことにならなかったでしょう。

盛山正仁の結婚した妻はどんな人?

盛山議員は男1女3の4人の子供に恵まれました。長女は盛山議員事務所の公設第一秘書を務めていますが、ほとんど顔を出さないそうです。

次女は敬子さんといって、残念ながら若い時に急逝しています。

長男、長女、三女、の方のお名前は明かされておりません。

また、盛山議員の妻は政治家田村元(はじめ)氏の長女、盛山路子(みちこ)氏です。

「彼女は猛妻」

そう語る盛山議員。

盛山議員の元秘書たちによると、路子氏はとても厳しい人だといいます。

元秘書たちは、

「奥さんが嫌で辞めた」「夜中にダメ出しをしてくる」「すぐカッとなる」

と話していたそうです。

そのせいか、盛山議員の秘書たちが何人も辞めていきました。

盛山議員の話ですと、妻路子氏は父の田村元氏の娘ということもあり、政治については先輩だからと頭が上がらないそうです。

それだけではなく、資産の所有分のほとんどが路子氏のものになります。

元秘書から路子氏に対する記者への告発もありました。

それに対する記者からの質問の答えに

「主人の代わりに出ているだけで事実無根、書きたければどうぞ」

と強気な発言をしたそう。

また、猛妻と言われる理由については、「親しい企業との食事、勝手にスケジュールを入れる、マスコミの方も一切スケジュールに入れない、陳情は聞くな」と言っているので、秘書は嫌になり辞めてしまうのだと、路子氏はいいます。

田村氏の政治活動を間近でみて育ったそんな路子氏ですが、平成8年に学習塾「盛山子供会」を設立されています。

ご本人は、スキーやキャンプの指導者、利き酒、着付け、フランス語の教員免許、華道といった多彩な資格をお持ちです。

まとめ

盛山議員の経歴は、運輸省に入ってから28年後に政治家に転身しました。どういう理由で政治家になろうとしたのか、政治家としてどのような信念をもたれているのか、という記述については、ホームページなどを探しましたがわかりませんでした。旧統一教会との関係は今はないようですね。当然ですけど。文科省トップとなった盛山議員は、今までお世話になっていた旧統一教会の解散命令で、今後どう変わっていくのか気になりますね。盛山議員について、チヨコの忘備録として書かせていただきました。