麻丘めぐみの経歴と学歴!結婚した夫や娘、孫が気になる!病気のうわさは?

1970年代にモデルや歌手として活躍された麻丘めぐみさん。

1973年の「私の彼は左きき」で一世風靡しましたね。

ここでは、麻丘めぐみさんの経歴を中心に、結婚や家族のこと、病気のことなど現在に至るまでを追ってみたいと思います~。

麻丘めぐみさんの経歴と学歴!

麻丘めぐみさんは、幼少の頃から舞台などの活動をされており、中学時代は、雑誌セブンティーンのモデルとして活躍されていました。

当時、本名が佳代子さんだったので、あだ名はカコちゃんでした。髪が長いスラッとした子で、チヨコの叔母は、あこがれていたそうです。

カコちゃんがデビューした前後くらいに、坂口良子さんがセブンティーンモデルになった、と叔母は言っております。

次から次へとアイドルが生まれて育って行った時代だったのですね。

さて、カコちゃんは、歌手デビューが決まって「麻丘めぐみ」さんになりました。

「麻丘」という名は、レコード会社から「丘めぐみ」と言われたのを、自分で「麻丘」と付けたのだとか。

【麻丘めぐみさんのプロフィール】

 

氏名:麻丘めぐみ

本名:藤井佳代子

生年月日:1955年10月11日

出身:大阪府(出生:大分県)

血液型:O型

身長:162cm

学歴:堀越高等学校→明治大学付属中野高校定時制課程卒

趣味:

事務所:シアタードリームズカンパニー

めぐみさんは、大分県で誕生しますが、そこに住んでいたのは半年間くらいだったそうで、一家は大阪に移り住みます。

父方の祖先は、大分県日出藩の家老で、住んでいた所は日出城址内の武家屋敷だった所だとか。

大分県日出藩(ひじはん)
藩祖は豊臣秀吉の正室・高台院(於禰)の兄・木下家定の三男である木下延俊。木下家を藩主として明治まで16代続く。

麻丘めぐみさんには、姉が一人いて、歌手を目指して作曲家の遠藤実氏のもとで頑張っていたそうです。

その姉をフォローすべく、お母様とめぐみさんは、上京して3人で都内の久我山に住みます。風呂なしアパートだったそうです。めぐみさんが小学校5年生の時でした。

生活はラクではなかったそうです。

お姉さんの仕事現場に雑用として出入りしている際、レコード会社の人に歌手デビューを勧められ、最初は断っていたということですが、なかなか芽が出ないお姉さまに不利になるかもしれないと思い、引き受けることにして、1枚くらいならレコード出しても、という気持ちでデビューに至ったそうです。

チヨコの叔母曰く、「当時はアイドル全盛時代だけど、スカウトされて歌手になったという人は、他に郷ひろみさんくらいしか知らない。」ということで、めずらしい存在だったのかも知れません。

 

めぐみさんは、デビューにあたって情熱をもっていたわけでは全くなかったのですが、デビュー曲の「芽生え」は40万枚以上のヒットをし、レコード大賞で最優秀新人賞を受賞しています。そして、その翌年に出した「私の彼は左きき」が大ヒット。

これも叔母曰く、ですが、「当時、左利きの彼氏のいた女子は、鼻高々でにくたらしかった」と。
created by Rinker
¥2,775 (2024/06/18 11:29:59時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
ビクターエンタテインメント
¥1,828 (2024/06/17 16:48:20時点 Amazon調べ-詳細)

なお、麻丘めぐみさんは、高校時代にアイドルになったため、当初通っていた堀越高校から明大中野附属高校の夜間に転校します。

 

麻丘めぐみさんの結婚した夫や娘、孫が気になる!

転校した高校は、当時大人気だった西城秀樹さんが在籍していました。

歌番組でも一緒、学校でも同窓。

こうしたことから、二人の仲がうわさされました。

チヨコの叔母によると、かなり際どいうわさも広まっており、秀樹ファンから恨まれためぐみさんに、剃刀が送られてきた、という話もあったそうです。

そして、1974年、思わぬ事故がめぐみさんにふりかかります。

舞台から転落し、左肘剥離骨折と肋骨骨折の重傷を負うのです。

そのために約半年間、休養を余儀なくさせられました。

めぐみさんは、その後、1977年、フジテレビ社員のディレクターだった渡邉光男さんと結婚し、周囲が反対した中、芸能界引退を決めます。

小さい頃から仕事に就いており、モデル、超人気アイドルとトップを駆け抜け、事故でケガもし、そこで区切りをつけたかったのでしょうか。

そして1979年11月に一女を出産。

しかし、結婚生活は長くは続かず、1983年に離婚します。

と同時にめぐみさんは、芸能界に復帰。子供を引き取っためぐみさんは、シングルマザーとして子供を育てなければなりませんから。

以降は、歌手としてでなく、女優として活動をシフトします。

何事も一つひとつ真面目に仕事に励むめぐみさん。

2000年には、演劇集団『シアタードリームズ・カンパニー(TDC)』を主宰し、出演だけでなく、プロデュースや演出も手がけるようになります。

それからさらに20数年。

現在は、ドラマに単発で出演したり、70年代のアイドルたちの歌番組に呼ばるなどして過ごしていらっしゃるようです。

一方、元旦那さんの渡邉光男さんは、2008年にフジテレビを退社し、イベントや番組制作を行う株式会社渡邉光男計画を設立してCEOとして、現在も番組演出などの仕事に携わっています。

また、娘のひとみさんは水彩画家として、2020年現在、パリの美術館で修復・保存に携わる研究員をしているそうです。

なお、麻丘めぐみさんを検索すると「孫」という言葉が出てくるので、お孫さんがいるのかな、と思いネット上を探しました。

ですが、2023年4月末現在、一人娘のひとみさんが結婚されてお子さんがいるという情報はありませんでした。

もしかすると結婚されている、ということはあるかもしれませんが、めぐみさんのインスタでは、そうした記載はなく、もしそうなれば、インスタなどで情報をおしえてくれるのではないかと思うのです。

今のところないということを考えれば、ひとみさんは独身なのかな、と推察されます。

麻丘めぐみさんの病気のうわさは本当?

麻丘めぐみさんを検索すると「病気」という言葉も出てきます。

しかし、めぐみさんが病気になったという情報を見つけることはできませんでした。

もしかすると、亡くなったご両親のことだったのか、あるいはまったく別人のことなのかもしれませんね。

まとめ

「私の彼は左きき」で一世風靡した歌手で現在は女優業もやられている麻丘めぐみさんについて、経歴や学歴、離婚した旦那さんのことや娘さんのことなどについて書かせていただきました。

少し前にTV「相棒」に麻丘めぐみさんが出演されていて、何気なく見ていたので登場に驚いたのですが、相変わらずキレイでした。

昔から自分を自分以上に飾らず、自然体の人だなと思っていましたが、よい歳の取り方をしているお顔だなと。

チヨコも、やっぱりめぐみさんが好きだなと思いました。

これからも頑張ってほしいと思いました。

最後までお読みくださりありがとうございます。