梅沢富美男の女形の夢芝居が凄い!歌舞伎とどう違う?妻や娘も気になる!

大衆演劇の座長で俳優の梅沢富雄さん。

毎日のようにバラエティ番組に出演されています。

今の若い人の中には、梅沢さんが美しい女形で人気を博したことを知らない人もいるかもしれません。

そこで今回は、「徹子の部屋」に今度また出演されるので、これを機会に梅沢富雄さんに焦点をあててみましたヨ!

梅沢富美男さんの女形の夢芝居が凄い!

>>夢芝居

梅沢富美雄さんは、「梅沢劇団」の創設者で大衆演劇のスターだった梅沢清さんの次男として生まれます。

1963年、兄の梅沢武生さんが劇団を引き継ぎ、富美雄さんが「矢切の渡し」を踊ることになった際に女形になり、やがて評判を呼び、「下町の玉三郎」と呼ばれ、そのまま女形を続けています。

「矢切の渡し」は、あの漫画家の石ノ森章太郎さんのリクエストだったそうです。

1982年には、小椋佳さんが作詞作曲した「夢芝居」が大ヒットし、一躍梅沢富美雄さんの名が老若男女に知れ渡りました。

そして、2012年、今度は兄から劇団を引き継ぎ現在に至ります。

【梅沢富美男さんのプロフィール】

 

氏名:梅沢富美男

本名:池田富美男

生年月日:1950年11月9日

出身:福島県福島市

血液型:

身長:

学歴:前橋市立第四中学校卒、県立福島高校中退

趣味:モデルガン収集

事務所:株式会社富美男企画

その他:青森県西津軽郡深浦町「深浦町観光特使」、同県南津軽郡藤崎町「ふじりんご故郷応援大使」、福島県「しゃくなげ大使」

 

【夢芝居】

 

1982年11月21日:キングレコードより発売 小椋佳さん作詞作曲

 

意外にも、梅沢さんはそれまで歌は歌ったことがなかったそうです。ですが、曲は翌1984年1月23日付のチャートで最高8位で、累計50万枚を越す大ヒットとなります。

 

1983年:『日本有線放送大賞新人賞』受賞

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梅沢さんは、小学校時代は、TVの普及などによって劇団の客が減り、給食費が払えないほど貧乏な時を過ごしたそうです。

給食を食べることができず、昼食の時間には先生の合図で5分前には教室を出ていたとか。

何とも切ない時代を乗り越えてきたのですね。

梅沢富美男さんの女形は歌舞伎とどう違う?

梅沢富美雄さんは、女形ですが、歌舞伎の女形とどう違うのでしょうか。

歌舞伎の始まりは、安土桃山時代に出雲の阿国が歌舞伎踊りを始めたことが起源だと言われていますね。

その歌舞伎はずっと大衆のものでしたが、明治時代になると対外国へのアピールとしてふさわしいよう、国の芸として、格式を重んじるようになります。

今では、歌舞伎を見に行くのに、正絹の着物を着て観に行く人がいるように、伝統や格式を重んじた芸能として定着していますし、歌舞伎を観に行くことは、日常ではなく、特別な日となっているのではないでしょうか。

一方、日常でちょっと行ってみようか、と気軽に観に行けるのが、大衆芸能として残った梅沢さんたちに代表される大衆劇というもの。

歌あり劇あり、客を楽しませようとするもの盛沢山です。

梅沢劇団は、歌舞伎演目のパロディー芝居とミュージカル仕立てのショーとレビュー、加えて富美男さんらの歌を織りまぜた3部構成でやっているとのことです。

梅沢富美男さんの妻や娘も気になる!

梅沢富美雄さんのご家族は、奥さんと二人の娘さんの計4人家族です。

奥さんの池田明子さんは、臨床検査技師でフィトセラピスト(植物療法士)の資格を有しています。

現在は、ソフィアフィトセラピーカレッジ校長であり、一般社団法人日本フィトセラピー協会代表理事という役職をされているということです。

娘さんは、長女は、池田智香さんといい、おそらく一般人でしょう。何をされているのか情報がありませんでした。

次女は、名津美さん。

一時期、劇団に出演したことがありましたが、今は出演はしておらず、東京農業大学に進学し管理栄養士を目指しているということです。

まとめ

梅沢劇団」第3代座長であり、タレント、俳優、コメンテーターなどマルチに活躍されている梅沢富美雄さんについて、大ヒット曲「夢芝居」のことや歌舞伎の女形との違い、家族のことなどについて書かせていただきました。

記事を作成していて、梅沢さんの夢芝居を生で見てみたいと思いました。公演に行けば観れるのでしょうか。

公演情報はこちらから>>https://umezawatomio.jp/2023/02/

これからもますますのご活躍を期待しましょう!